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アイユーゴー ?途上国の人と共に?

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雑談の会 2

 先月、事務所に来てくださった方とお話していると、もっと何かを知りたくなった。それで「雑談の会」と称して、毎月第3日曜日に事務所に来て、顔をあわせることにした。そして、先日の4月20日がその日に当たった。
 小生は朝9時45分に家を出て、事務所に入った。窓を開け、空気を換えた。まもなくして、ブルーの自動車がすっと入ってきた。待っていた相手は、ブルーの自動車だ。彼は開いた窓からにょっと顔を出した。彼って、そんな人なのです。
 ここに座ってよ、と言って、彼が腰掛けたとたん、彼は、「ブログ、長いわ」と第一声を跳ばした。「そう?1,600字くらいだけどね」、「読んでいると、長いから、途中どこを読んでいるかわからなくなったよ。だいたい一画面くらいでいいんだ。回数を増やすほうがいいんだ」と小生を説き伏せにかかった。確かに、ブログは日記と違って、どこかに相手がいる。ちょっと覗いてみたいという人がいるのだ。そうか、そうか、アイユーゴーの誰ぞやも、そんなことを言っていた。
 小生のマイペースは単なる小生のマイペース。
 しかし、彼との1時間30分。あっという間に過ぎた。事務所のインターネット化に対する是非についての彼の見解、石油関連企業に勤める彼の会社の人材育成について、会社での育成と人材育成を他の団体で行ったときのその後の受講者の変化について、また、受講者が「いい経験になった」という「経験の意味は?」、等々いい勉強になった。さて、これくらいしか書けないのかな?でもね。ちょっとまだある。
 この会にお昼からだといけるのにと言ってくれた2,3名の友人がいた。それで、次回から毎月第3日曜日、14:00?15:30にすることにした。彼も大丈夫、と言ってくれた。来月、お待ちしていますよ。

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ブログ

 ブログを書くのは難しい。当初、書き始めるのに、やはり決心が必要だと何度思ったことか。言うまでもない、書くことを習慣にしなければ、意味がないからだ。途中で終わってしまうほど頼りない話はない。では、書いてどうなるのだ。何が見えるのだろう。先ほど、そう思って、昨日書いたブログを読み返した。
 おかしい。漢字が間違っている。一語多く、意味不明になりそうな箇所がある。至急書き直した。昨晩書いた自分の何かがわかった。書いただけで、読み返しが十分行われていないんだ。いわば、書きっぱなしの文だ。「文は人なり」とも言われ、「文は心である」とも言われる。これは単に文章についての技術論に止まらない。自分が書いた文をしっかり読み返していない自分に気づくほどつらいものはない。自分がブログを書こうとして、はじめ戸惑ったのは、こういう自分をさらけ出してしまうことに抵抗があったからだ。ああ、まだ、心のゆとりがないのであろう。どうしたもんだ。
 しかし、自分を出さないブログも可能ではなかろうか。そうだ、単なるコマーシャルだ、本会の。そうかな?果たして、NGO団体のコマーシャルって、何だ?何になるんだ?
誰ぞや、ご教示を!
4月20日10時から、本会事務所で『雑談の会』をします。希望者はご連絡を。

 すっかり春になった。毎年、ここ大阪南部の4万人の町熊取では、桜がいたるところに花を咲かせ、とても華やいだ「世界」を見せてくれる。もちろん、この「世界」は、「the world」 ではなく、「a world」ではあるが。
 先日タイ北部から帰国し、久しぶりにタクシーに乗ると、運転手が「あそこの桜、たまりませんな」と、行く先々の桜名所の話をしてくれた。実は、このように話すのは、その運転手一人だけではない。今までは、運転手さんたちは、花見でごった返して、忙しかったですわ、と言ったきり、一目散に目的地に向かったいたが。今年、乗せてもらった運転手さんは、それなりに桜の花を楽しんでおられた。もちろん、聞くまでもなく、角を曲がれば、桜の花が目に付く。枝垂桜からいろんな桜。桜は、見る人の心心に任せて、その一瞬一瞬を活きているように思える。
 今は、桜の花の満開から、葉桜の様相を呈してきた。ところがどっこい、これもまたいい。ピンクに黄緑が加わり幸せモード。一つ色が増し、新しい何かがこちらに向かってきているように思ってしまう。帰宅途中、葉桜の前に来ると自転車から降りて、ゆっくり歩いた。いい気分だった。
 さて、先週タイ北部に行く直前に、このブログで話したことがあった。現地の人たちの「夢」を聞いてくるよ、と。
 海外でNGO活動をしていると気になることがある。その最たることは、現地のコンタクトパーソンのことだ。元気でともに彼らが課題としている活動を最後まで全うしてほしいのだ。彼が、途中でダウンすると、こちらの気持ちの持って行きようがない。まる失恋でもしたようになってしまうのではなかろうか。彼らがいるだけで、私たちの協力が目に見えて現地を豊かに変化させている。
 今回紹介しようとした「夢」の持ち主のコンタクトパーソンは、タイ北部のメーホンソン県に住んでいる。S氏とW氏だ。ここはタイでもっとも貧しい県だ。理由は、山岳地帯であること、また、タイ、赤ラフー、黒ラフー、シャン、カレン、リスなどの少数民族が多く集落を作って居住しているためだ。彼らの多くは、ある条件を満たして居住権が黙認されているにすぎないという状況。しかも、まだまだ条件を満たさない住人も多くいる。さらに、この県のミャンマーに近いパンマパー郡は数年前までは麻薬の村で、万能薬代わりに麻薬が使われていた。麻薬を打ち酒に酔い警察官を殺害して刑務所に夫がいるというまだ若い女性が山の斜面の畑でもくもくと働いていた。
 本会がこの地で事業を始めたときのテーマは、「麻薬文化撲滅」だった。今では、農業支援センター、その周辺でのパイロットファーム、遠方から来る農民のための宿舎、コーヒー、タンマリンド、マカデミアナッツなどの苗木を数万本植林した。これが成功しつつあるのは、米栽培と植林の専門家、Mr. Sがいるからだ。住民たちの多くがこの事業に参加した。今年の春、「もうほとんど麻薬をしている人はいないようだ」と言っていた。W氏はこの県のメーホンソン地区の副知事だ。今は、ミャンマーからの難民を収容する難民キャンプのコマンダーをも兼ねる。彼はミャンマーから非難してきたリス族の生活環境を作る本会の事業に関して中心的な役割を果たしてくれた。
 さて、彼らの「夢」とはどんなものだろう。Mr. Sに、「夢はなあに?」と聞くと、背筋を伸ばしてこちらに向きかえり真剣なまなざしで一言一言考えながら答えていた。「たくさんの友達を作ること」、また、「ただひたすら駆け抜ける競争社会の未来は誰も変えることはできないが、自分で築ける未来は自分で作って生きたい。」こういう生き方をし続けるのが自分の夢だと。彼は68歳だ。タイの平均寿命は男性64歳と言われている。Mr.Wは「うん・・・」と言いつつあごを引いて「ビック チャレンジ」と答え、説明した。昨年の暮れに彼の難民キャンプで暴動が起きた。難民の若者が自分たちの持つ法律を中心にした生活をするといって、キャンプ内のルールを勝手に壊そうとして暴れ始めたそうだ。その暴動を解決するためにユニセフなどの国連関係者の協力を得て、見事に鎮めた。このことは新聞に報じられたという。その彼の夢はもっと大きなチャレンジをしたいということだ。彼は自然が豊かなメーホンソンが好きだが、国連などで規模の大きな支援活動をしていきたいというのが夢というか、これから進むべき道だと心に誓っているそうだ。彼の年齢は32歳。
村の多くの子供たちの夢は、学校の先生、医者、コンピュータの専門家という。われわれがかかわる彼らの話をじっと聞いていると、彼らにとっての夢は、村のための発展に寄与したいということを前提にした夢が多い。今自分の周りでしなければならないことを夢としているようだった。
さて、2007年度の総会が5月第2日曜日に京都府国際センターで行う。その準備を急がなければならない。

昨晩、この席に座り、一言書きたいなと思っていたら、午前2時を回っていた。さて、書き始めようとすると、仕事を思い出し、そちらに没頭してしまった。実は、8日0時25分発のフライトで日本を出国し、4日間留守をするので、それまでにしなければならない仕事を一気に仕上げることになったのだ。報告書、申請書の見直し、学校の教材チェック等々。そして、今、自分の書斎をきれいに(?)に片付け、家族のための3人分の食事をこしらえ、風呂に入り、必要なものをバックに詰め込み、そう!今このブログに向かっている。今回はタイ北部のメーホンソン県に入る。国際ボランティア貯金の寄附金で完成した貯水池の使い方、管理等の指導をしてくる。もちろん仲間たちと飲んで語る。今回は、将来の夢はなんだと聞いてくるつもり、どちらにせよ、小生と年齢はあまり変わらない。いい年だ。いい年だからどんな夢を見ているか聞くのは楽しみだ。タイの年寄りと日本の年寄りの夢はどんなに違うものか。また、彼らが小生の夢をどのように聞いてくれるかも楽しみにしている。それでは出発の時間ですから、またね。

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