アイユーゴー ?途上国の人と共に?

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ミャンマー支援

今、3時17分。裏庭に出た。シャワーのように雨が降っている。数百メートル離れた街灯の明かりがぼんやりとしか見えない。少し雨に濡れ、体がヒヤッとした。そのとき、ミャンマーのイラワジ川下流で起こったサイクロンの被害の新聞写真が頭に浮んだ。水面に浮かぶ、壊れかけた竹の家に子供とその親が座って、カメラ目線で写っている写真だ。今どうしているのだろう。東南アジアといえど、雨が降る夜は寒さを感じる。ましてや、サイクロンの恐怖が拭い去らないまま、過ごす雨の夜は、絶望以外に何もないのではなかろうか。
死亡者、行方不明者が13万4000人を越え、被害者が250万になるというのに、これまで軍事政権は外国の支援要員の入国を厳しく制限してきた。そして、やっと国連の潘基文事務総長が首都ネピドーで軍事政権のタン・シュエ国家平和発展評議会議長と会談し、タン・シュエ議長がすべての支援要員を受け入れることに同意したと言う。
日本で1923年に起こった関東大震災では、死者行方不明者を14万人出した。ミャンマーの犠牲者数と同じくらいだ。そのとき、アメリカをはじめ、中国、タイ、キューバなどの開発途上国や、日本からはるかに遠くのクロアチア、セルビアなど50数カ国からの救援があった。当時の独立国57カ国のうちほとんどの国から救援を受けたことになる。日本って、捨てた物ではない。その後、1925年には普通選挙法が成立し、民主的傾向が強まっていった。ミャンマーの軍事政府が少しでも開かれた政府になるよう期待するが。
(ちなみに、1925年に治安維持法が成立、急進的な活動の取り締まりが始まった。もちろん、海外の救援とは無関係だ。右に左にバランスをとるのはまあ、いいのでは?)
PS;今日、東広島で、東広島JCの皆さんにラオス事情について1時間30分ほど、お話をすることになっている。少し早めに起きて、話す内容をチェックすることにし、家を8時30分に出ることにしよう。

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新しく始めること

 今日はいい天気だった。2008年度の総会を、5月11日日曜日、京都府国際センターで終え、久しぶにほっとした金曜日だった。総会準備は並大抵のことではない。会計決算、報告書、計画書(案)、予算(案)、特に現地の代表たちとの今年度の報告、次年度の活動内容の確認、至急のときは電話で行った。事務所の電話で連絡がつかなければ、給料いただいている仕事の合間に携帯で海外と連絡を取る。いかに短い時間により多くの確認データを取るか、そうでなければ、通信費がかかるだけだ。それから、必要であれば、ファックスだとか、メールで念押しのやりとりをする。とにかく、総会が終わるまでは、頭は総会のことのみ、体は書類整理体勢の維持にある。だが、ありがたいことに、総会の開催日をゴールデンウイーク直後にしているからこそできる仕事だろう。
 さて、その総会が終わり、天気のいい今日、書類体制保持の結果生じた、体のあちこちの痛みを感じつつ、事務所の机などを処分して、大掃除をした。6月中旬から「新田塾(英語塾)」をはじめるからである。実益を兼ね、子供たちの将来に英語で海外とネットワークが作れるように基礎英語(受験英語)を身に付けさせたいのである。さらに、収益の一部を本会のメンバーが現地に行けるように、また、事務員をおきたいために、がんばりたいということだ。
 思えば、結婚してから、妻に対して心にしていたことがあったことを思い出した。毎年必ず新しいことを始めるということだった。このNGOをはじめてから、妻にとって我が家の生活改善のための新しいことは、10年ぶりだったかもしれない。実に、この10年は妻からお金を搾り取っていただけかもしれない。困った人たちのための活動だからと言う「大義名分」で。ああ、この世で、「大義名分」ほど迷惑なものはないだろう。今はそう思う。徐々にでいい。考えてみれば、一人の人間ができることはほんのわずかなこと。今日はそのことを肝に銘じた一日だった。

暫定税率復活

暫定税率復活、4月30日夜、ガソリンスタンドは長蛇の列だったと、妻が言った。仕事の帰りがいつもよりあまりにも遅いのでどうしたのだろうかと思って訊ねた時のことだ。その翌日、テレビのどのニュース番組を見ても、若いインタビュアが街行く市民にマイクを向けると、「しょうがないですね」「ゴールデンウイークはもう家にいます」などの言葉が返っていた。ニュースで、この話題になると、同じような言葉が繰り返し登場した。あたかもその言葉を拾い集めるのがインタビュアの仕事であるかのようにさえ思えた。テレビを見れば見るほど、その人たちの言葉が、自分の脳に刷り込まれていくように感じ、極めて気分が悪かった。「仕方がない、しょうがない」という言葉ほど、つらい言葉はないはずだ。この世の不条理が目の前に現れたかのように、テレビの司会者、ましてや福田総理までもが「仕方がないですね」と言う。 
 インタビュアにも問題がある。必ずしも彼らがすべて悪いと言うのではない。現実問題として、取材にまわされるのは体力のある若い人たちだ。体力があるから動かされているに過ぎない。それだけに、彼らには勉強する時間もないのであろう。ただひたすら同業者の仲間たちと競い合っているのが現実で、隣の人とほぼ同じニュース内容であれば、その取材は大過なく終了したと感じ入っているのではなかろうか。だからこれからの日本を考えると言った意識も余裕もない。
 しかし、考えてみては?何せ、この状況を作り出してきたのは、主には政治家だ。自分たちが選んだ政治家だ。だからこそ、私たち国民は政治家に対し、これからこうあるべきだと訴えていかなければならない。テレビに登場する政治家タレントの話に一つ一つうなずく気にはなれない。
 私たちは、メディアにあわられる現象に依存してはいけないのと同時に、いかなることであれ、現状を作り出したのは、自分にも責任があると考え、どうして?どうすると?と言った自立した姿勢をとらなければならない。われわれ国民は、政治家でなくても、この日本の現状を見て、これからの新たな日本を考え、新たな提案しなけらばならないないのではなかろうか。
 これこそこの日本に生まれてすべきひとつのことと考えるが。

アイユーゴーのワークキャンプの同窓会が、昨日29日15時から京都府国際センター(9F)で行われた。2001年10月にアイユーゴーが設立されて以来、タイ、ラオス、ベトナムなどでのワークキャンプは8回実施され、本会からの担当理事をも含めての数字だが、参加者は延べ78名にもなっていた。そのうち一般参加者で2回以上参加された方は、5名だった。
この同窓会に出席された方は、8名だ。「申し訳ありません」「残念ですが、欠席します」「勤務先GWが4/30からでして、4/29は出勤日です。…」などなど参加できなかった人たちの声。当時のワークキャンプ担当理事も参加し、集まりは12名となった。しおり、行程表、地図などを見ながら、画面に映し出された写真を見て、大笑い、「あの時は、・・・」と言う話を聞いて、また、大笑い。出席者の多くがベトナムのダラットでのワークキャンプ参加者。そこは鳥インフルエンザで世界的に有名な場所。しかも当時死者が出たところ。(今でも出ているようだが)出発前に鶏に決して近寄らないように念を押していたが、ライスペーパーを作っている村で鶏を見ると、参加者のほとんどが、追い掛け回していた。この同窓会でその話をすると、「そうそう」と言って笑いながら思い出しているようだった。このベトナムのワークキャンプに行った人たちは、当時短期大学生たちだった。あどけなさの残るとてもかわいらしい女の子たちだった。それが今、立派な女性になっていた。何かしらもおじしない女性になっていた。また、いつか、この話はしたい。

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