アイユーゴー ?途上国の人と共に?

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ベトナムのダラット大学における4カ国合同セミナー

このセミナーは、三菱UFJ国際財団から助成を受けて12月7日から11日にベトナムのダラット大学で行われる医療福祉と社会福祉の合同セミナーである。つまり人間が困った状況にいるとき、どの分野でどのように扶助を受けるのかを考えるセミナーである。参加者は、日本からは神戸大学大学院で医療福祉の研究をする院生、ベトナムからはダラット大学の社会福祉学部の学生、院生、助手、講師また、タイからはミャンマーの難民センターの司令官とヘススケアー、ラオスからはヘルスケアーである。いろいろな分野の若者が集うセミナーとなっている。同じ分野の人たちが4カ国から集うのではない。従来、こうしたセミナーは同じ分野の専門家が集まり、国同士の情報交換となることが多い。今回は、少しひねりを入れている。同じこのグローバルな世界の中で、異なる分野の専門家が国の枠にとらわれず議論をしようということだ。
 たとえば、一人の交通事故者が病院に運び込まれた。日本人は医療福祉の視点でその患者に対処する。そのあと、ベトナム人が社会福祉の視点で、患者をケアーする。タイ人は事故の原因からケアーに至る過程での問題点、それに対する改善点はなにか、難民センター内での事故を想定して、考える。それぞれの立場で考え、それそれの考えに補足するところ等を補うことができると、いいのかなと考えている。
もちろん、最も大切なことは、若者がこのセミナーでふれあい、啓蒙しあい、ネットワークを築き上げられるといいかと思っている。
 現在、当初参加予定者で、日本から一人、ラオスからも一人キャンセルがでた。現在タイの国際空港が封鎖されている。タイ、ラオスの参加者に影響が出なければと思っている。
  

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雑談の会

毎月第3日曜日に、本会の事務所で雑談の会がある。周知活動は皆無に等しいので、参加者はごくごく少数。昨日、いつものようにMr.Sが時間少し前にやってきた。
事務所に上がったとたん、折り込み作業に加わっていただいた。あらかじめ、本会の理事が作成した「コーヒー基金」のりっぱなちらしと毎日新聞に掲載されたアイユーゴー(と言っても小生のことがメインになってしまった記事)の掲載記事、振込用紙、挨拶状をテーブルの上に置いており、席に着くや、折り込みの仕方で、「性格がわかるな?」と言いながら、作業が始まった。と同時に彼が話し始めた。
いろんなジャンルを語る方だが、おもには、人権問題だ。職場から研修に派遣され、その時の色々な内容を聞くことができる。そして昨日彼の話を聞きながらふと感じた。彼の人権の話は、日本の人権の歴史ではないかと。どうして、その研修が行われているのか。その研修が行われるにいたった経緯は何なのかがわかるにつれて、企業と人権の問題が歴史的に深くかかわっていることになることに気づいた。企業とは簡単にいえば、社会的に貢献すべき事業であり、社会を成立しているのは一人一人の人権を持つ人間だ。そのかかわりかたが歴史的に存在するのが人権問題だし、日本の歴史を物語っているように思ったのだ。
翻って、アメリカでの大統領選挙においても、我々が見逃してはならないのは、アメリカの歴史だ。アメリカの歴史は、イギリスで受けた宗教的迫害を逃れてMayflower号に乗って新しい国を作ろうとしてきた人たちから始まる。その歴史の流れをくむ信仰心の強い人がマケインの共和党を多く支持し、教会に行かない人がオバマを支持したと言われた。現状の政治的問題というより根深く潜む宗教的対立がアメリカの政治を動かしていると、選挙があるたびに言われる。2004年の大統領選挙でブッシュが宗教を大いに利用したことが勝因と言われた。大統領選挙は単なる政治祭りではなく、宗教の現実がそこにある。それを知るにはアメリカの歴史を学ばなければならない。小生のアメリカ人の親友のひとりは宗教を忌み嫌う。彼の先祖はドイツだ。宗教の根源的な話は通じないことが多い。それ以前の問題として。
日本を理解するにも、アメリカを理解するにもその歴史をしっかり学ばなければならない。雑談の会でこんなことを考えることができて、何よりだ。
Mr.S氏は1時間作業を手伝いながら、語ってくれた内容もさることながら、かれの1時間の作業のおかげで、残りの仕上げがずいぶんと楽となった。

感謝、感謝。

地域の会

ピロリ菌を排除する抗生物質は強烈だった。最後が何よりも聞いた。腰砕けするほどの力をもった薬だった。そののちの検査をしていないから除菌できたかどうかは定かではない。しかし自分の体の内部で起きた事件は、自分の体を横たえて、自分はその戦いがただ終わるまでじっと我慢するしか他になかった。
その事件が完全に終わらないうちに、名古屋に出かけた。もちろんNGOの仲間たちに会うためだ。11月8日土曜日だ。19時の約束だったが、体調が崩れるといけないから1時間少々早めに着いて、整えた。居酒屋で計6名が語り合った。この人たちとは何年ぶりかの集まりであったが、その話は当地がまとめることになっているから、そちらにお願いし、そののち紹介できればいいかと思う。今夜は、彼らと食事をしながら、ふと思ったことを、簡単にまとめた内容を記しておきたい。
彼らは数年前にタイ北部に行き、貧困の子供たちへ図書館を建造したのだ。タイの王室基金が子供を麻薬の被害から遠ざけるために全寮制の小中高の学校を建設した。その一環の活動に加わり、子供の未来を切り開く手立てとして図書館を建設した。それから後、今日まで、彼らは、毎年のように協力物資を届けている。このたびの会合は、その活動に加え、当地の子供たちに未来を担うに必要なことは何であろうかということについての話し合いだった。ただ、ふと小生が思ったこととは、彼らは細かい活動を通じつつ、自ずと生じる現地との信頼関係が見えてきて初めて、この時点に達して来たのではないかということだった。これはODA ではできないNGOの活動かと思った。ただ、彼らの下地には日本青年会議所の国際貢献活動のひとつであるGTSにあることは確かであろうと思う。
こうしたことは、高校、大学でも必要な活動だ。

ピロリ菌

胸やけがするからと主治医に伝えると、内視鏡の検査をしましょうと言われ予約をして帰った。それから、予約日にほぼ半日の断食をして病院に向かった。その結果を先週聞いた。小生は食道がんでも発生していると、その進行は早いと聞いていたので、覚悟して臨んだ。医師が差し出した撮影された画像を見つつ、胃にピロリ菌がいます。ええ、がんはないです。1週間3種類の抗生物質が入った薬を朝夕飲みましょうと言われ、その1週間をこの火曜日に終えた。
 その最後の薬がどういうわけか強烈だった。下痢、嘔吐が頻繁に来るようだと医師に連絡をくださいと、処方箋に書かれてあるのをみて、昼前の出勤時間にタクシーの中から電話した。症状を細かく伝えて、帰ってきた言葉は、様子を見よう、それだけで、すぐさま終わった。30分に一回のトイレ、胃が絞られるような痛み、横になりたくてどうしようもない。学校の授業は、この時期のいわば広告を出して、その授業だけに来る生徒を対象にした自分自身がするイベント授業だから、替わりはいない。翌日は、ほとんど椅子に座って授業をした。それでも、舌の周りが悪い。「プロジェクト」を「ブラジャー」と言ってしまって、笑われた。舌のみならず、頭までどうかしているのでは。
 昨日、病院に行って、どうしたもんだと相談した。ピロリ菌が除菌されたかは後日検査しましょう。しかし、血が出るのは、どうなんだろうねということで、検査することになった。
 年をとると、いろいろ出るね、いろんな病気があるもんだと、人からよく聞く。それと同時に、教えられた、病気になれば、出会った知り合いにその病気の話をすること、意外と、さまざまな情報を提供してくれるよと。そうか、考えてみれば、その情報を聞いて喜んでいるうちは、まだ生きているのだ。生きたいと思っているのだ。感謝、感謝。

休日

今日は日曜日。今から2時間30分前に目がさめ、朝ぶろに入り、少し散歩して、画面の前に腰かけたところだ。明日も文化の日でお休み。両日の午前中は、実力試験が迫っている中学3年生の勉強をみなければならないが、ほとんどが自分の時間だ。何をしようかと考えるとどことなく嬉しくなる。
 実は、一昨日の金曜日、大学祭の準備のため休講だった。そのことを知ったのはその前日、帰りの電車の中で大学の仲間から知らされた。ましてや、その昼からも仕事があったが、これもしなくて済むことになった。飛び跳ねるように心が弾んだ。何をしようか、そう思うことが、そう思うことができることがとてもうれしかった。とりあえず、今までできなかったことを。この日は、中学生の塾教材を探しに、本屋回りをすることにした。天王寺の大きな3つの本屋には思うものがなくて、梅田まで足を延ばした。3軒目にやっと見つけたが、冊数が足りない。注文すると2週間かかるという。熊取に帰り、駅に駐車していた自動車に乗って、泉南ジャスコの旭屋に行こうと思い立った。梅田から熊取まで、50分から1時間かかる。電車に乗ると心地よい揺れに誘われ、居眠り。居眠りといえるのだろうか、熟睡状態だったから。熊取駅手前で目が覚めた。大阪駅を出るときは満席状態だった席もガラーンとしていた。眠ったおかげで、背筋がピーンと伸びて、さて!と気持がジャスコに向かった。熊取駅に止めていた自動車でのドライブは快適だ。なんとジャスコまでの道のりは大阪湾を右に見て、波の寄せる音が聞こえるほどの沿岸をスイスイと走ることができるのだ。到着して本屋に入ると、探していた本がすぐに見つかった。冊数も十分。これでいい。ほっと一息を入れて、目を一面が窓になっている方向にむけると、額縁にその景色がすっぽり入っているように、関西国際空港そしてその向こうにぼんやり霞みがかかった淡路島が見えた。
 自分の自由な時間があるのはいい。朝10時前に出て、帰宅したのは4時前。心地よい疲れを感じた一日だった。
 さて、今日、明日、何をしようか。まずは、タイの農業センターのソムヨッツにこれから6月までの予定を、ラオスの代表にカッファには来年度予定している図書館建設、小学校建設の事業が円滑に進むには何が必要かの指示を出す、ベトナムのダラット大学のタイ教授には12月の合同セミナーの予定の再確認、そして、レートなどを勘案してそのセミナーでの見積もりに変化はないか、など、のんびり聞くことにしよう。まずは、メールでそれぞれ内容を知らせ、事務所から電話で確認しよう。そう思うと体が自然に動き始めた。
 ゆっくり、のんびり行こう、今日は。

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